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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)485号 判決 1976年3月04日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人仙谷由人の上告理由について

おもうに、注文者が請負人に対して有する仕事の目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権は、注文者が目的物の引渡を受けた時から一年内にこれを行使するを要することは、民法六三七条一項の規定するところであり、この期間がいわゆる除斥期間であることは所論の通りであるが、右期間経過前に請負人の注文者に対する請負代金請求権と右損害賠償請求権とが相殺適状に達していたときには、同法五〇八条の類推適用により、右期間経過後であつても、注文者は、右損害賠償請求権を自働債権とし請負代金請求権を受働債権として相殺をなしうるものと解すべきである。けだし、請負契約における注文者の請負代金支払義務と請負人の仕事の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであり、目的物に瑕疵がある場合における注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は、実質的、経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能をも有するものであるから、瑕疵ある目的物の引渡を受けた注文者が請負人に対し取得する右損害賠償請求権と請負人の注文者に対する請負代金請求権とが同法六三七条一項所定の期間経過前に相殺適状に達したときには、注文者において右請負代金請求権と右損害賠償請求権とが対当額で消滅したものと信じ、損害賠償請求権を行使しないまま右期間が経過したとしても、そのために注文者に不利益を与えることは酷であり、公平の見地からかかる注文者の信頼は保護されるべきものであつて、このことは右期間が時効期間であると除斥期間であるとによりその結論を異にすべき合理的理由はないからである。以上の解釈と異なる大審院判例(昭和三年(オ)第六四四号同年一二月一二日判決・民集七巻一二号一〇七一頁、法律評論一八巻(上)民法四二八頁)は、変更されるべきである。

本件において、原審が適法に確定したところによれば、被上告人真城小夜子の上告人に対する本件損害賠償請求権と上告人の同被上告人に対する本件請負代金請求権とは、同被上告人が本件請負契約の目的物の引渡を受けた時から民法六三七条一項所定の一年の期間が経過する前である昭和四五年三月末日に相殺適状に達していたというのであるから、同被上告人が本件損害賠償請求権を自働債権とし本件請負代金請求権を受働債権としてした本件相殺の意思表示は、右期間経過後にされたものであつても、有効なものというべきである。本件相殺の意思表示を有効とした原審の判断は結論において正当であつて、原判決に所論の違法はなく、これと異なる見解のもとに原判決を非難する論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 団藤重光)

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